子どもの頃から、文字が美しい人に憧れていた。
母の字が、とても綺麗だったからかもしれない。
私も小学生の頃までは、一生懸命、習字の練習をしていた。その甲斐あってか、上野の美術館に作品を展示してもらったこともある。
ところが、今はほとんど字を書かない。
社会人になり、パソコンで文章を打つのが当たり前になると、手で文字を書く機会はどんどん減っていった。
そして気がつけば、昔よりずっと字が下手になっている。
それでも、綺麗な字を見ると、今でもふと目が留まる。
「いい字だな」と思う。
なぜなのか、うまく説明はできない。
ただ、その理由をたどっていくと、母が木札に文字を書いていた光景を思い出す。
目次
- 職人の家で見てきた、母の文字。
- 人を見る前に、字を見てしまう。
- 文字は、読む前から何かを伝えている。
- フォントは、言葉に表情を与える。
- その会社に、似合う文字がある。
- 「読みやすい」と「印象に残る」は、同じではない。
- フォントは、会社の「声」なのかもしれない。
- MIMOLA EYE|文字を見る目。
- DESIGN EYE
職人の家で見てきた、母の文字。
職人の家で育った私の周りには、手書きの文字が溢れていた。
「商売繁盛」「家内安全」「必勝」「大願成就」。
商売から学問、健康、はたまた恋愛まで。それぞれの文字に、願いや祈りが込められていた。
だから、文字もとても大切なものだった。
母は、お客様の目の前で、一枚一枚、木札に名前や屋号を描いていた。
その人のために、その場で筆を走らせる。
書き上がった木札を受け取ったお客様は、皆、とても嬉しそうだった。
いや。
「嬉しい」という言葉だけでは、少し違う気がする。
何か特別な力でも授かったかのように、安堵した表情を浮かべていた。
私は、その表情がとても印象に残っている。
ひょっとしたら、その一瞬のために、遠方からはるばる、時間をかけて来ている人もいたのかもしれない。
その人は、木札を受け取っている。
そこには、自分の名前や屋号が書かれている。
でも、本当に受け取っていたのは、それだけだったのだろうか。
人を見る前に、字を見てしまう。
そんな環境で育ったせいかもしれない。
私は、その人がどんな字を書くのかを気にしてしまう。
もちろん、字が綺麗だから、その人が良い人だということではない。
ただ、文字には、その人らしさのようなものが表れる気がする。
力強い字。
丁寧な字。
柔らかい字。
少し不器用だけれど、なぜか温かく感じる字。
実際の人柄とは違うこともあるだろう。それでも私は、文字の形から、何かを受け取っている。
同じ言葉を書いているのに、なぜ印象が変わるのだろう。
文字は、読む前から何かを伝えている。
私たちは、文字を「読む」だけではないのかもしれません。
大きさや太さ。
線の形や、文字と文字の間隔。
そうしたものを見た瞬間に、
「なんとなく、好き」
「なんとなく、信頼できそう」
「なんとなく、やさしそう」
そんな印象を持つことがあります。
例えば、「こんにちは」という同じ言葉。
整った文字なら、丁寧な挨拶に感じるかもしれない。
丸みのある文字なら、親しみやすく感じるかもしれない。
力強い文字なら、元気な声が聞こえてくるように感じるかもしれない。
言葉も、意味も同じです。
それなのに、受け取る印象は違う。
私たちは、文字の「意味」と一緒に、文字の「形」も受け取っているのだと思います。
その「なんとなく」の中にも、デザインはあります。
フォントは、言葉に表情を与える。
手書きの文字に感じていたことは、パソコンで使うフォントを考えるときにもつながります。
フォントというと、文字の種類や書体の違いを思い浮かべるかもしれません。
でも、少し見方を変えると、フォントは言葉に「表情」を与えるものとも言えます。
例えば、明朝体には、線の強弱や繊細さから、落ち着きや上品さを感じることがあります。
ゴシック体には、すっきりとした力強さや、明快さを感じることがあります。
もちろん、すべての明朝体が上品で、すべてのゴシック体が力強いわけではありません。
同じ書体でも、太さや大きさ、字間や行間によって印象は変わります。
だから、フォントを選び、文字を整えることは、単に文章を表示するための作業ではない。
言葉に、声や表情を与えること。
そんなふうにも考えられるのではないでしょうか。
その会社に、似合う文字がある。
そう考えると、フォント選びは「好きな書体を選ぶ」というだけでは終わりません。
誰に見てもらうのか。
何を伝えたいのか。
どんな場面で読まれるのか。
そこまで考える必要があります。
例えば、老舗の和菓子店と、最新のIT企業。
高級ホテルと、子ども向けの施設。
それぞれの歴史や、届けたい相手によって、文字に求められる表情は違うでしょう。
ただ、「老舗だから明朝体」「IT企業だからゴシック体」と決めればよいわけでもありません。
老舗が、新しい親しみやすさを伝えたいこともある。
IT企業が、落ち着きや堅実さを大切にしたいこともある。
大切なのは、業種のイメージだけで決めず、その会社が何を伝えたいのかを見ること。
その会社に、その文字が似合っているか。
フォントを選ぶときには、そんな目も必要なのだと思います。
「読みやすい」と「印象に残る」は、同じではない。
もう一つ、忘れてはいけないのが「読みやすさ」です。
デザインを考えると、特徴のある文字や、おしゃれな書体を使いたくなることがあります。
でも、文字の役割は、目立つことだけではありません。
長い文章なら、読み続けやすいこと。
小さな文字なら、無理なく読めること。
情報を探す場面なら、どこに何が書いてあるのか分かること。
タイトルでは個性を出し、本文では読みやすさを大切にする。
書体を増やさなくても、大きさや太さ、余白を変えれば、見出しと本文の役割を分けられます。
文字の色と背景の組み合わせや、スマートフォンで見たときの大きさも、読みやすさに関わります。
どんな印象を届けるか。そして、きちんと読めるか。
その両方を考えることが、文字のデザインなのだと思います。
フォントは、会社の「声」なのかもしれない。
ホームページには、たくさんの文字があります。
会社名やキャッチコピー。
見出しや本文。
ボタンやメニュー。
それらが積み重なることで、サイト全体の印象がつくられていきます。
「なんとなく信頼できそう」
「なんとなく親しみやすい」
「なんとなく先進的」
そんな第一印象には、写真や色だけでなく、文字も関わっています。
もしホームページを、その会社が訪れた人に語りかける場所だと考えるなら、フォントは、その声のトーンなのかもしれません。
低く落ち着いた声で話すのか。
明るく、親しみを込めて話すのか。
静かに、丁寧に話すのか。
だからフォントを選ぶときは、
「このフォントが好きだから」
だけではなく、
「この会社なら、どんな声で話すだろう」
と考えてみるのも面白いと思っています。
自社のホームページを開いたとき、そこからは、どんな声が聞こえてくるでしょうか。
それは、お客様に届けたい会社の姿と重なっているでしょうか。
MIMOLA EYE|文字を見る目。
子どもの頃、私は美しい字に憧れていた。
今では、パソコンで文字を打つことのほうが多くなり、自分で字を書くことはずいぶん少なくなった。
それでも、美しい文字を見ると、今でもふと目が留まる。
母が一枚一枚、木札に名前や屋号を描いていた姿。
その木札を受け取った人が、嬉しそうに、そしてどこか安堵した表情を浮かべていたこと。
あの安心は、文字の美しさだけから生まれたものではなかったのだろう。
自分のために、目の前で筆を走らせてくれる。
自分の名前や願いを、大切に扱ってくれる。
そうした時間や気持ちも、一緒に受け取っていたのかもしれない。
手書きとフォントは、同じものではありません。
それでも、言葉をどんな形で相手に届けるかを考えるところには、通じるものがある気がします。
どの書体を選ぶのか。
どのくらいの大きさにするのか。
どれくらいの間隔をあけるのか。
その一つひとつが、言葉の届き方を変えていく。
だから、フォントを選ぶことは、文字の形を選ぶことだけではない。
その言葉を、どんな表情で届けるのかを選ぶことなのかもしれません。
DESIGN EYE
文字は、言葉を読む前から何かを伝えている。