街を歩いていると、「なんだか、この場所は気持ちいいな」と感じることがあります。店の佇まいだったり、看板だったり、照明だったり。でも、何がそう感じさせているのかを、はっきり説明できないことも多い。ひとつひとつのものが強く主張しているわけではないのに、全体として心地いい。そんな風景があります。
例えば、下町ではお馴染みの縁起熊手。熊手そのものは、とても華やかなものです。
- 金ピカの小判
- 真っ赤な鯛
- 米俵
- 打ち出の小槌
- 色とりどりの宝物
ひとつひとつに意味があり、「福をかき込む」「商売繁盛」「家内安全」など、昔から大切にされてきた縁起が込められています。それだけを見ると、とても存在感があります。ところが、その熊手が店や会社に飾られると、不思議なことが起こります。
目次
- あんなに華やかなのに、なぜか馴染む。
- 「目立つ」と「馴染む」は、反対じゃない。
- デザインも、同じなのかもしれない。
- 良いデザインは、風景になる。
- デザインは、足すことだけじゃない。
- 熊手も、飾られて完成する。
- 「気づかない」は、悪いことじゃない。
- 次に、街を歩いたとき。
あんなに華やかなのに、なぜか馴染む。
店の入口や受付、仕事場の一角。そこに熊手が飾られる。金色があり、赤があり、たくさんの縁起物がある。決して地味ではありません。むしろ、かなり華やかです。それなのに、しばらくすると、「そこに熊手がある」ということを、あまり意識しなくなる。店の景色の中に自然に溶け込んで、まるで、もともとそこにあったもののように見えてくる。
そして一年を通して、店を訪れる人。そこで働く人。そこに集まるお客様。そんな人たちを、静かに見守っている。僕は、この感覚がとても好きです。
「目立つ」と「馴染む」は、反対じゃない。
熊手は、目立つものです。色も形も華やかで、縁起物がたくさん飾られています。でも、目立つことと、馴染むことは、反対ではない。その場所に置かれたとき、その店の雰囲気や、人の営みと一緒になって、ひとつの景色になる。そこに、熊手の面白さがあるのかもしれません。
デザインも、同じなのかもしれない。
デザインというと、特徴的なロゴ。大胆な色。目を引く広告。斬新な形。そんなものを思い浮かべることがあります。もちろん、それもデザインです。でも、デザインの役割は、「目立つこと」だけではありません。その場所に置かれたとき、その人が使ったとき、その店を訪れたとき、自然にそこに存在すること。そして、人の気持ちや行動をそっと支えること。それも、デザインなのだと思います。
良いデザインは、風景になる。
例えば、街の案内表示。初めて訪れた場所でも、「こっちに行けばいいんだ」と自然にわかる。ホテルの照明。明るすぎず、暗すぎず、気づけば落ち着いている。店の椅子。特別なものだと意識しなくても、なぜか座りやすい。どれも、「私はデザインされています」とは言ってきません。ただ、その場所の風景の中にいて、人の行動や気持ちを支えています。
デザインは、足すことだけじゃない。
デザインをするとき、「何を入れるか」を考えることは多い。写真を入れる。色を入れる。説明を入れる。装飾を加える。でも、ときには、「何をなくすか」のほうが大切になることがあります。情報が多すぎるなら、減らす。色が多すぎるなら、絞る。説明が長すぎるなら、短くする。その場所に合わないものなら、あえて入れない。何を残して、何をなくすのか。そして、そこに置かれたものが、その場所とどう関係をつくるのか。それを考えることも、デザインです。
熊手も、飾られて完成する。
熊手をつくるとき、ひとつひとつの縁起物を選び、色や配置を考え、全体をつくっていきます。でも、熊手は完成して終わりではありません。お客様の店や会社に飾られて、その場所の景色の一部になる。そこで一年を過ごして、働く人や訪れる人を見守る。そうなったとき、熊手は単なる「飾り」ではなくなるのだと思います。つくり手の手を離れて、その場所で新しい役割を持ちはじめる。それもまた、デザインに似ている気がします。
「気づかない」は、悪いことじゃない。
デザインが見えない。そう聞くと、少し物足りなく感じるかもしれません。でも、使いやすいWebサイト。迷わない案内。自然に座りたくなる椅子。落ち着いて過ごせるホテル。そして、いつの間にかその店の景色になっている熊手。どれも、「見てください」と主張しているわけではありません。それでも確かに、そこにいる人の時間を支えている。
次に、街を歩いたとき。
「なぜ、ここは心地いいんだろう?」
と考えてみる。なぜ、あの広告はあの配色なのか。なぜ、この店は街に馴染んでいるのか。なぜ、この空間は落ち着くのか。そして、なぜ、あの華やかな熊手は、いつの間にかその店の景色になっているのか。答えがひとつである必要はありません。考えてみるだけで、いつもの風景が少し違って見えてきます。